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動画 古田敦也物語
薄毛 抜け毛 ハゲから脱出と言うか、引退させられてしまった古田敦也監督」とこじつけめいた(こじつけだろう!!)タイトルにしようとしたが、コレには個人的に「深い」理由がある。(こじつけだから、やめたが、付けたかった理由は最後の方に)



以下、ニュースからの引用(ヤフーニュースより)
ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)が19日、東京・明治記念館で記者会見し、チームの成績不振の責任を取って2年契約の切れる今季限りで監督を退任、現役も引退して退団することを正式に発表した。今後の進路は未定。球団は今後、後任人事に着手する。
 兼任2年目の古田監督は、「プロは結果が問われる。思うような成績が上げられず、ファンを失望させた。言い訳はできない。今年の初めから上位にいけなければ辞めないといけないと思ってやってきた。悔いはない」と監督退任の理由を説明した。
 捕手としてヤクルト一筋に18年間プレーした現役生活については、「直接の原因は肩を痛めたことだが、精いっぱいやってきた。肉体的な衰えもあるが、後進に道を譲る時と考えた」と話した。

引用ここまで


僕は、13年ほど前から古田敦也監督に注目していたかというと、その「意志力」のスゴさからである。(余談であるが、薄毛 抜け毛 ハゲ 脱出にも正しいやり方のみならず、若干ではあるが「意志力」はいる)
僕の中では、古田敦也監督は、「イチロー」「松井秀喜」を越えている。


何故か。
「イチロー」「松井秀喜」はもともとスーパーな素質をもって、一番「吸収力」がある18歳でプロいりした。

それに対して、古田敦也監督は高校時代は言うまでもなく、大学もそれほど名がない大学で、どちらかと言うとジミっぽい選手であった。それが、大きく変貌したのは、ヤクルトであの名伯楽ー野村監督との出会いであった。プロ入団して、数年を待たず、捕手としてあの「野村ID野球」をマスターしただけではなく、強打者としても、またリーダー格の選手としても、あのヤクルトの黄金時代を引っ張ったといってよいであろう。


つまり、たしかに、「集中力」「学習能力」は高かったとはいえ、かなり平凡な地位から
十数年にわたってヤクルトという球団を引っ張ってきた、まさに「ヤクルトの象徴」にまで駆け上った。


はなしは、若干ずれるが、ここ数年の古田敦也監督の額部の後退、あるいは「薄毛 ハゲ化」が目立ったと感じるのは僕だけであろうか?(どうしても、この点が気になってしまうのです。許されよ)

もちろん、「結婚破綻問題」などプライベートな問題の影響もあるだろう。ただ、古田敦也監督の「成り立ち」、「性格」から見るとここ7年ぐらいヤクルトの球団フロントは、古田敦也監督に「ヤクルト球団」を「乗っけた」にもかかわらず、思うような運営をさせてこなかったのでは、ないだろうか?(マスコミ上もそういった情報が頻繁に流れた)


もし、そうだとすると「ヤクルト球団の十年以上の栄光」を主導した古田敦也監督にあまりにもひどい仕打ちである。


「薄毛 抜け毛 ハゲから脱出と言うか、引退させられてしまった古田敦也監督」というタイトルをつけたかった理由は、ここにある。
つまり、言いたいことは、古田敦也監督に思うようにさせて、「薄毛 抜け毛 ハゲから脱出」を望んでいたのだが、球団フロントに「引退させられてしまった」と言う意味である。


たぶん、このような「意志力」「学習能力」「成長力」「統率力」「持続力」をもって、
凡才から「天才」の域に達する選手は、これ以降、現れないような気がする。
ほんとうの意味での「偉大」とはこれである。


古田敦也監督・選手・・・本当にご苦労様でした。
(ついでに、薄毛 抜け毛 ハゲからの回復をお祈りいたします)



動画 古田敦也物語
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